海馬
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帰るたびアルツハイマーひからびた母の海馬と僕は綱引き

ちり紙を見つけて母はからからと何の笑いか暑い夕暮れ

両脇の青の勢いどこまでも眩いばかり夏はそれだけ

疲れ果て寝入った母のつかのまの隙間をみつけて飲む発泡酒

たたかいの後の静寂なにかしら重いけだるいカキ氷のむ

ちり紙を母はポケツに入れたまま洗濯槽には白い卯の花

お盆には生きてる母を迎えますおはぎと餅で済ます供養の

不意に起き確かめている戦死した夢のなかにも兄さんのこと

「ああ醤油」煮しめをつくる夢見たか母の寝言の先にあるもの

白和えはところところに散らばってそれでも愉しい母との夕餉

 


アルツハイマーの母を週に一度、施設へ迎えに行っています。今では、このときが唯一のつながりの時間となっています。
北濱社 季刊『短歌WAVE』No2に掲載していただいた連作の十首です。
北溟社HP http://www.hokumei.co.jp 『短歌WAVE』No2 定価1000円

© 大畑靖夫

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